私の吃り(吃音)が、なぜ治った(バレなくなった)のか?【2】

HSP幸せへの道標 HP管理人のtake です。
先日のブログで何故吃りが治ったかという話(途中まで)を書きました。今日はその第二弾です。
治ったと言うと語弊がありますね。大人になった今でも吃りますからね。

吃り(どもり)とHSP

5人に1人がHSP、20人に1人(成人すれば100人に1人)の吃音が何故私は治ったのか?

吃り(吃音)って治る?バレなくなるのでしょうか

正確に言えば、吃りだとバレない様に周囲をダマセル様になったというのが正解ですね。
軽く書いてはいますが、吃りはカッコ悪いのでひどい時期は本当に憂鬱でした。体全体が上下に揺れながらに必死に「きっ、きっ、き・・・きのうねー」みたいな喋りは嫌でした💦
人生最初の頃の記憶で残っている幼稚園の頃には既に吃っていたと思います。

母親の記憶によると最終的に決定的な吃りに私がなったのは「雨の日に真似した」からだとか。
雨の日に、ひどい吃りの従兄弟の真似をしたというのが私の決定的な吃り誕生日だったそうです。
「雨の日に吃りのマネしたら本当に吃るようになるけん、やめんしゃい!」といった母親も後悔していたと思います。結果論として本当にそれからずっと私は吃っていたので母親なりに、もっと言い方があったかもしれないくらいは思っていたかもしれません。

吃りの人の真似をしたら吃りになりました

「雨の日に」という言葉に意味はないと思いますが、何となく母親が言い伝えを覚えていたのでしょうかね。「夜に口笛吹いたら蛇が来る」みたいな迷信の類だったのだと思います(笑)
しかし吃りのマネをしたら吃るようになるという話はネットで確認してみると幾つかありました。
いや真似しても吃りがうつる事はないという専門家の話もありました。吃りはまだまだ医学的に解明されていない点も多いそうですが、私は「真似したらなった」という部分は半分はあると思っています。

今調べて知りましたが、落語家の三遊亭円歌さんも吃りのマネしているうちに吃るようになったと。

「どもり」「吃音」治療ナビ:三遊亭円歌と吃音
円歌さんと吃音には、ある意味不思議な運命があり、それを自らの落語やインタビューの中でも語っています。まず、円歌さんが吃音になったきっかけですが、近所の幼馴染の吃音のまねをしているうちに自らも吃音になってしまったそうです。その幼馴染が、後に日本を代表する司会者でアナウンサーの小川宏さんだったそうです。

吃りには遺伝の要素もあります。

「キッカケ」になることはあると個人的に思います。それに関連して「遺伝」もあると思います。
先日のブログで書きましたように私の母方のイトコのあんちゃんの吃りは未だに酷いです。治らなかったですね。従兄弟がいつから吃る様になったかとか気の毒で、そういう話を大人になっても聞く事もなかったです。自分より酷い症状の人を見ると私は可哀想という気持ちになっていましたねー。
とは言っても人生で吃りの人に会ったのは数えるくらいしかないですけどね。
いとこ同士なので若干、遺伝子もにている部分はあった可能性はありますよね。
また、幼児期の吃音には、吃音の出現に関与する遺伝子があるらしいということです。

親自身が吃音傾向を自覚しているような場合、子どもが吃音になるのではないか、どもりになるのではないかという強い不安を持つことがあります。
最近の研究から言えることは、幼児期の吃音には、吃音の出現に関与する遺伝子があるらしいということです。たとえば、両親とか兄弟に吃音がありますと、吃音がない場合の三倍程度、多く吃音が出現するといった研究があります。

体質的要因(子ども自身が持つ吃音になりやすい体質的な特徴)
発達的要因(身体・認知・言語・情緒が爆発的に発達する時期の影響)
環境要因(周囲の人との関係や生活上の出来事)
*体質的要因(遺伝的要因)の占める割合が8割程度という報告もあります。

吃りは医学的、精神学的な治療法は未だ無い

結局の所、吃音の原因はいまだにわかっておらず、確実な治療法も見つかっていないのです。
調べてみると結構、吃り(吃音)のブログやHPって多いのですねー。
私が子供の頃にもこれだけの情報があったら少しは楽だったかなー?いや微妙ですねー。
吃りの人の話やブログをいくつか読みましたが、共感できる点は確かに多いです。
下記の話であるように「言い換え」という技は(ここで初めてそういう正式名称があるのを知ったのですが)ある意味、私が一番得意とした技かもしれません(笑)私以外のどもりの人もやはり考えることは一緒なんだなと微笑ましい気持ちにもなりますね。

幼少期に発症することが多いと言われる吃音(きつおん)ですが、実は成人の100人に1人ということをご存じでしょうか? ・・・・・中略・・・・・
吃音の原因はいまだにわかっておらず、確実な治療法もまだ見つかっていません。そこで当事者が吃音を回避するために行う工夫のひとつが「言い換え」です。特定の文字から始まる言葉が言いにくいため、同じ意味の別の言葉に変えたり、文章の順番を入れ替えたりする工夫です。吃音をもっている人は勝手にできてしまうものです。

しかし、共感する吃りエピソードは多々ありますが、感じ方や考え方はそれぞれに違いますよね。
toshiさんのようなHSP気質の方の場合でいっても、同じ気質とはいっても考え方やその人の元々持っている性質みたいなものは人それぞれに微妙に違いますよね。
HSP気質だから仕方ない、という少し暗めの雰囲気の方もいれば、明るめの方(HSS?)もいます。
toshiさんが以前書いていたように みんなちがってみんないい ですね。

HSP母とHSC長女と非HSC次女と ~みんなちがってみんないい~

吃りは「喋る、話す」という行為に関する時だけの障害?

吃り(という障害?)を持っている人たちも、ひと括りでまとめられない個性があります。
吃りだから、と言うレッテル貼りをされないで明るく強く笑って生きている人も多い。
私自身もそうだと思っています。私は治そうというよりも吃りと共存出来たのかな?
HSPという気質の方々と違うのは、HSPは様々なシーンで現れると思いますが、吃りというのは「しゃべる時」という行為に関する時だけなんです。
「しゃべる」という事を考える、想像する、いざ迫ってくると苦しくなるのです。

想像してみてください。
「昨日、面白いことがあったんだよ」
ということが言いたいだけなのに・・・。楽しい話を友人にしたいだけなのに・・・。
「っ・・・っきっっきっっきっ・・・昨日・お、おも、おも、お、面白いことがあったんだよ」と顔は固まって必死で・・・上半身は上下に揺れて一所懸命に話す姿を・・・。
ツッコミ好きの人がいたら、それだけで「お前が面白いやん!」って言われそうですね。
(この段階で笑われて、からかわれて、イジメの対象になった方々もおられますね)
こんなことが日常で毎回訪れる、ある種の恐怖感やプレッシャー、嘲笑に耐えられますか?

と、ここまで書いてしまった時点で随分長い文章に今日もなってしまいました(笑)

吃りが何故治ったのか!はもう少し続きます。

治ったと言うよりも、ほんと「バレない程度」に、周囲をダマせる様になったという話ですね。
最近は「私、吃りだったんですよ」とか「吃りなんですよ」と言ってもキョトンとされる位です。
しかし今でも突然、吃る時ってあります。 急に吃るから自分が一番びっくりしていますから。
自分が一番びっくりすると、これがまた相手にバレなかったりするので面白いですね(笑)
もうしばらく、「吃りの話」にお付き合いください(*^_^*)


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